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【日本史演習問題04】共通テスト・進研模試・全統模試対策「旧石器時代~室町時代」

はじめに

共通テストや模試の対策の一環として日本史の演習問題を掲載しています。解説も掲載しているので日本史の問題を取り組みたい人はやってみてください。問題に関しては、それなりの意図をもって作成しています。

日本史B講座一覧(問題まとめ)

問題

解説1

【解説】

問題1・・・Ⅱ⇒Ⅰ⇒Ⅰ

 ②はオオツノジカ・ナウマンゾウの話しをしているのは旧石器時代である。旧石器時代の日本列島は大陸と陸続きのため大型動物が日本にも往来していた。①は佐賀県の菜畑遺跡福岡県の板付遺跡は縄文晩期の水田跡である。都道府県を間違えないようにしよう。③は米の収穫に関して、は前半は石包丁で穂首刈りであったが、後半は鉄鎌で根刈りに変わっていることから弥生時代後期ということがわかる。弥生時代に青銅器と鉄が同時期に日本に伝来して実用化されている。

問題Ⅱ・・・Ⅱ⇒Ⅲ⇒Ⅰ

 ②秦氏の氏寺は広隆寺であり京都の太秦にある。文化的には飛鳥文化に属している。③は高松塚古墳という古墳という言葉に騙されないこと。高松塚古墳壁画は白鳳文化のものである。①薬師寺吉祥天像は薬師寺と言う言葉から白鳳文化と勘違いしやすいが天平文化の遺産である。文化財は必ず名前だけでなく、どの文化に属したかを覚えておくことが大事です。

問題Ⅲ・・・Ⅰ⇒Ⅱ⇒Ⅲ

 受験生が苦手な国際情勢ですが、①唐が滅亡したのは907年です。難関大学では年号も必須なので覚えておきましょう。菅原道真が遣唐使の廃止を建議したのが894年のため、そこから大体の年号を把握しましょう。ちなみに、国風文化は唐の影響力が衰えたから成立しているので国風文化の時代には唐がなかったと考えても良い。②は李成桂により建国されたのが李氏朝鮮である。建国は1392年だが室町時代の最初の方に建国されたで十分だろう。③のコシャマインの反乱は1456年だが年号を覚えるより室町時代後半で十分である。津軽の安東氏が蝦夷ヶ島に進入(*道南十二館に居住)してアイヌ人を圧迫したことで勃発しており、蠣崎氏(*後の松前氏)が鎮圧している点に注意がいる。

問題Ⅳ・・・Ⅱ⇒Ⅲ⇒Ⅰ

 ②の寄進地形荘園は藤原氏の全盛期頃から横行しているが八条院領は鳥羽上皇が設置を行い大覚寺統の財源となっているので院政期の話しである。③は年貢を銭納するのは鎌倉時代から一般化しています。豊臣秀吉が天正の国直しで石高制に変えるまで銭納が一般的です。①に関しては間違えてしまう受験生も多いかもしれませんが、鎌倉時代が西国で二毛作が開始、室町時代に西国で三毛作・東国で二毛作が開始である。

問題Ⅴ.Ⅰ⇒Ⅲ⇒Ⅱ

 鎌倉時代の執権政治は誰の時に何があったかを確実に把握するようにしよう。①の最初の武家方は貞永式目であり北条泰時の時代である。貞永式目は1232年に作成され頼朝以来の先例と道理にもとづいて作成されている。③は三浦泰村が滅ぼされたのは宝治合戦であり北条時頼が執権の時である。②の長崎高資北条高時の時代であり得宗政治が御家人の不満を高めた。

解説2

【解答】間違いのみ解説

3.仏教伝来は538年か552年と言われているが、どちらにせよ欽明天皇の時代である。ただ仏教の受け入れを巡って対立したのは、蘇我稲目と物部尾輿である。この対立の結果が付いたのは蘇我馬子が物部守屋を滅ぼしたからである。

6.平等院を建立したのは藤原頼通であり、藤原道長は法成寺を建立している。国風文化の頃に末法思想が広がったこともあり浄土教が広く普及されている。代表的なのが源信『往生要集』である。

8.観応の擾乱は北朝側の内乱である。足利尊氏の弟である足利直義が足利尊氏の執事である高師直を殺害して対立が表面化した。そのため、弟を邸宅に呼んで毒殺した内乱である。

9.勘合貿易を中止したのは4代将軍の足利義持であり、6代の足利義教が勘合貿易を再開させている。

10.悪党は鎌倉末期に反幕府の行動に出た楠木正成らのことである。一方で、室町時代の応仁の乱に現れたのは足軽で軽装備で応仁の乱で荒廃した京都で狼藉を働きます。

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