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【日本史応用問題02】難関国公立大学・早稲田・慶應・同志社・立命館対策「旧石器時代~室町時代」

はじめに

難問が多い問題になっています。そのため、旧帝大などの難関国公立大学(2次試験対策)や早稲田大学・慶應義塾大学・同志社大学・立命館大学など日本史が難しい大学の対策になっています。そのため、共通テストレベルの受験生では対応できない可能性があります。また、難問ではありますが奇問はつくっていないので少しづつ難関大学に挑戦したい受験生は取り組んでみてください。

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問題

解説

【解説】

(1)大江匡房

神童として評判であった大江匡房は異例のスピードで出世をしており、後三条天皇~堀河天皇まで仕えた人物である。歌人としても有名であり、後拾遺和歌集にも掲載されている人物である。

(2)明月記

藤原定家は鎌倉時代の人物であり、後鳥羽上皇の命によりつくられた『新古今和歌集』の撰者の1人である。小倉百人一首の原型である『小倉山荘色紙形和歌』を著した人物でもある。

(3)武蔵国

708に銅が献上されると元明天皇は元号を和銅に変えている。受験生に注意が必要なことは元明天皇の在位中は藤原京と平城京の天皇になります。そのため、和同開珎の鋳造は平城京遷都以前になります。

(4)入唐求法巡礼行記

円仁は最後の遣唐使として中国に派遣されて天台宗と密教を学ぶ。帰国後は天台宗の解釈の違いから円仁の山門派と円珍の寺門派(三井寺)に分かれて対立をした。3代目の天台宗座主である。

(5)東大寺

『唐大和上東征伝』淡海三船が著した鑑真の伝記である。そのため、大和上は鑑真のことを意味しているが、どこに戒律を伝えたかが問題である。鑑真は度重なる渡航に失敗したが754年に来日しており、東大寺に最初の戒壇を設けて聖武上皇らに戒律を伝えている。その後、唐招提寺を開山している。天下三戒壇(日本三戒壇)は東大寺・筑紫国観世音寺・下野国薬師寺であり、戒壇は僧尼を受戒する正式な場所のことを意味します。

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