• 受験に必要な知識や参考書の評価を公開

学校という独特な世界を過ごした教員が社会人として通用しないは間違い?【教育コラム】

本当に教員は世間からズレているのか?

はじめに

教員は大学卒業した後からすぐに先生と呼ばれるために社会で通用しないと言われるケースがある。それなら、大学卒業後に塾関連の企業(*東証上場企業も多い)に勤めた人間も社会で通用しないのだろうか?本当に教員は社会に通用しないかを考えたい。

教員が苦手なこと

教員が苦手なことに愛想笑い(ゴマすり)である。教員の世界には校長ー教頭ー学年主任という形で、上司にあたる存在はいるが管理職以外は基本的に横一列のイメージが強い。そのため、先輩や上司の顔色を窺ったり愛想笑いやゴマすりをする必要は少ない。そのため、教員を辞めて営業職や接客業に就くと厳しい思いはするかもしれない。もちろん、保護者に対して笑顔で話すなどしているが絶対数は少ない。ただ、これは企業でも言えることで、営業職であれば営業スマイル・トークが得意な人も多いが、それ以外の職種では苦手な人も多いのではないでしょうか?むしろ、大学など学校関連の来客対応で絶妙な営業スマイル・トークであればあるほど嘘くさく感じる点もあります。そして、「ゴマすりが苦手=社会で通用しない」と短絡的に考えて良いのでしょうか?間違ってはいけないのはコミュニケーションが苦手なのではなく、ゴマすりが苦手なだけです。

次に、PDCAに代表されるように結果を求めて改善することが得意ではありません。人事評価でランク付けは公立でもされていますが、何を評価すると言えるのでしょうか?例えば、進学実績といっても生徒次第で大きく変わります。クラス運営も受け持った生徒の質によって難易度が変わります。そのため、仕事を頑張っているかどうかは判断できますが、何を基準にPDCAを回しているかわかりません。実際に学校のHPでは年次ごとに情報を公開していますが達成基準が曖昧なケースもあります。この点は成果主義に馴染めない点ですが、これも営業以外は似たようなものではないでしょうか?

この様に考えると教員は営業職や販売職には向かなくなるかもしれません。それは、一般企業でも同じで私自身も1年目の新規開拓の熱量は10年経てばできなくなるでしょう。実際に、人員削減もあり年配層が新規開拓中心の営業職に移動した際に退職者が一気に増えたことがあります。若い時に何をしたかは大事ですが、企業だから教師だからと単純に優劣は決めれません。

コスト意識の差

教員は公立・私学ともに公務員に近い存在かもしれません。ただ、教員という世界は独特の世界にいます。まず、コスト意識ですが教員にはコスト意識がないと考えている人も多いでしょう。実際に、学用品などもっと安く良いものを提供できるかもしれないと考えるかもしれません。ただ、教員の方がコスト意識は高いです。というよりは、コスト削減圧力が強いです。

例えば、通勤経路と通勤手当でルートが違うことがありました。最も早く行けるルートでは通勤手当が高くなるので割安な遠回りのルートを手当に申請させられたこともあります。ただ、労災の問題もあるので通勤経路は別という意味不明な書類を作成したこともあります。また、当たり前の様に18時にエアコンを切られた学校もありました。業務は残っているのでエアコンがない中で何時間か働かされることもあります。さらに教員の世界では残業代が発生することは稀です。部活動で1日中休日に仕事でも2000円~2500円の支給になります。一般企業あれば祝日の勤務は35%の割増賃金を受け取れますが教員は僅かな金額(*以前より多くなっている)で働いています。

つまり、教員の世界で一般企業の様に勤務実態に応じた賃金の支払いを求めれば莫大な金額になると感じます。もちろん、一般企業でもサービス残業が当たり前の会社も多いですが、基準を下に合わせるのは問題です。

関連記事:本当に教師は忙しいのか?忙しい理由と問題点を考えてみる

ちなみに、公務員であれば贈収賄の問題があるので接待を含めて金銭的なもの(商品)を受け取ることができません。それは、企業側のサービスであっても問題になります。例えば、卒業アルバムを担任分も提供してくれる企業はあるのですが、公立では贈収賄になるので購入するしかありません。この様に考えると民間企業の経費で精算をしている場合よりやりにくいかもしれません。

お名前.com

独特な世界から脱却は難しい

「お客様は神様です」というフレーズは昔のことになりつつありますが、学校の世界では生徒に対して過剰なサービスを要求されています。

例えば、一般企業であればメリットがない顧客を相手にしないことは可能かもしれません。お店などでは出入り禁止は難しいかもしれませんが…。ただ、学校の世界においても全ての子ども達に等しく面倒を見なくてはいけません。ただ、手間暇がかかる子どももいます。だからといって、手間暇がかかるから相手にしないにはなりません。結果的に、1人を教えるのに教員が何時間も付いている場合もあります。また、クレーム対応など理不尽な対応もあります。子どもの喧嘩の仲裁など大人が介入すべき内容まで要求されることもあります。

一方で、生徒のためにという考えからドライに物事を判断できなくなっています。それは、成績などで学力が不十分であっても簡単に生徒を見捨てることができない点です。普通に考えれば学力が到達していなければ進級できないになりますが、簡単には辞めさせません。

そう考えると教師の世界は独特な世界と言えるでしょうが直ぐに教員は社会に通用しないは間違いでしょう。それは、教員と言っても多くの営業担当者が来校するので対応します(*部長職以上の教員に多い)。中には提案内容が適当(何がメリットかわからない)や価格が高すぎる(提供サービスと価格が不一致)の場合も多いです。そう考えると、民間企業の方が社会人として通用するとは一概に言えないでしょう。重要なのは、その仕事に対して合っている(対応する)かどうかです。民間企業から教員になったからと言って必ず成功はしません。また、教員から民間企業へ転職したからと言って失敗するわけではありません。むしろ、ステレオタイプになるのがダメです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。