• 受験に必要な知識や参考書の評価を公開

堺市の高校入試での内申書ミスから考える入試の危うさ【教育コラム】

ミスは未然に防げるのか?

はじめに

堺市の中学校で高校入試で使用した内申点に転記ミスがありがあり本来、合格するはずの生徒が不合格になっている事案が発生してしまった。75人分の点数が間違っていたように、かなりのミスが発生していることがわかる。では、この内申書のミスから気づくべき問題は何か?

ミスを防げない学校

内申点のミスはあってはならない問題であるが、「ダブルチェックをしていない」「教員の真剣みが足りない」など批判はもっともなことである。

関連記事:本当に教師は忙しいのか?忙しい理由と問題点を考えてみる

一方で、ワクチン接種の際に医者ですら誤ったワクチン量や内容を接種しているようにミスは完璧なことはない。ヒューマンエラーは発生する。ただ、それを防ぐためのシステムが存在しているかどうかである。

まず、「ダブルチェックをしていない」点は問題であるが、ダブルチェックをしてもミスはなくならない。実際に発生した事案であるが、高校で使用する調査書で、教員のチェック能力を疑っていたこともあり(*ダブルチェックでは片方がいい加減な先生ならミスが発生する)トリプルチェックをしてもらっていた。そして、完成した調査書を文言の箇所で不適切な点はないか確認をしていた(*それでも句読点、正式名称などミスはある)。ただ、文章以外は数値なのでトリプルチェックをしているため特に確認はしなかった。結果、あるべき科目の評定が未記入のまま調査書を作成していたことに気づいた。AO入試で合格通知がある段階の出願であるため合否に問題はなく、大学等に謝罪したが誰も気づいていなかった。ただ、この点でわかるようにダブルチェックをしたから大丈夫と考えることはできない点である。

次の問題として「教員の真剣みが足りない」という点であるが言われても仕方がないことである。ただ、次の問題は通常業務に+αとなる形で内申書(調査書)の作成があるのも事実である。第3学年だから仕事量が少ないではなく、第3学年だから進路関係の仕事が多くて当たり前という発想になる。さらに、教員数が減少していることもあり、内申書(調査書)を作成したことがある教員の数が減っているため習熟度が低すぎることである。皆さんが言っている様に、真剣みが足りないと感じる点がある一方で、真剣みがあり過ぎると進路相談・学力補習などで時間が失われていく。むしろ、生徒との関係をビジネスパートナーとしている先生の方が時間が余っているからミスがないかもしれない。矛盾ですね。

では、前提を変えて教員がミスする可能性があるならミスしないシステムをつくっていないことが問題である。例えば、各教科担当が成績を入力すれば内申書に自動的にリンクできるようにすれば問題ないだろう。教科担当は自分が出した平均点(総合計)と入力した平均点(総合計)が同じならミスがないと言える。ただ、それだけのシステムをつくれば完成できる。転記、転記をするからミスが発生するだけである。問題となるのは、大阪府は内申点を必ず入試で換算しているならシステムとして統一しておけば良いのに、ICTと言いながらできていない点である。また、情報を教えている教員がプログラムができないことも問題である(excelでの関数入力も怪しい人もいる)。

つまり、ミスはなくすことができるにも関わらずに依然としてミスが発生する要因を残していることこそ問題である。

お名前.com

推薦書を入試で検討して良いのか?

内申点の数値でさえ誤りがあるなら、推薦書の方も信用できないでしょう。大学入試で一時期、eポートフォリオの活用が叫ばれましたが最初から懐疑的でした。なぜなら、教員の対応次第で合否が大きく影響するからです。

例えば、自分自身が書く自己推薦書・志望動機書なども生徒だけで最初から最後まで書いていることがあるでしょうか?普通に考えれば、教員が作成を手助けしているケースが多いでしょう。そうすると、自己推薦型入試・総合型選抜入試などの1次試験が書類審査の場合に「誰の学力を把握していますか?」という問題が発生します。真面目に1人で取り組んだ高校生の方が不利かもしれません。

大学生の就職活動でPCでのSPI試験で友達の力を借りて問題を解いた就活生を批判する人がいましたが、就活生の行動は正しいでしょう。誰かの助けを借りることができるのも能力です。では、大学入試でも出願要件に他人の力を借りずに自分の力で解くこと等の文言はありません。つまり、大人の文章力が勝負です(*高校生らしい文章だけどしっかり内容が伝えるようにする)。

また、内申書に書かれている内容で合否を判断すべきでしょか?大人の文章が合否を左右するのは意味が分かりません。では、なぜ書かなくてはいけないのでしょうか?数値以外のものを合否に判断させるなら実際に試験会場で本人に書かせればよいでしょう。字数など年度によって変えていけば志望動機であっても力を見ることができます。

この様に考えると、内申書の点数でさえミスがあるなら所感などの項目はもっと信用ができないでしょう。また、出願書類に関しても生徒の力と判断しない方が良いでしょう。話のネタ程度でしかありません。そう考えると、本当はテストの点数だけで合否を判断することが最も公平なのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。